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没意思生活、好好照相

「おもしろきこともなき世をおもしろく」

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2006-05-24 [ Wed ]



東武東上線東武練馬駅から降りたところの町。
住んでたのは7才まで。十数年ぶりに訪れた故郷。

子どものころから空白を経て大人になってから見る風景というのは愕然とする。

目に見えるすべてが小さくなってた。
右ヨシッ左ヨシッ、危ない危ないソレ行けーっと駆け足で渡った
家の前の道路は、たったの4歩で渡れるし、
もやしッ子がぜーぜーはーはーったく何万里あるんだって文句言いながら
通った小学校は、家から徒歩4分だったし、
ぼくんちって駅からすごーく遠いよなぁなんて思ってた最寄駅までは、
ほんの400mってとこだ。優良物件だ。
その家だけは古い2階建てから4階建てのモダンな家に生まれ変わってた。
それでも小さく感じた。

記憶に比べて全てのスケールの小さいことに驚愕するばかりで、
こみあげるだろうと期待した郷愁はちぃとも涌いてこない。
確かあったであろう懐かしい思い出もぜんぜんフラッシュバックしない。微塵も。

でもでも十数年ぶりに見る風景には記憶とおんなじ位置に、
通った幼稚園があって、小学校があって、商店街の角の豆腐屋も残ってて、
愚兄がいつも怪我して世話になってた病院も、よく遊んだ神社も公園も
自衛隊官舎も駄菓子屋も本屋もペット屋もアーケードもみなみなみーんな変わらずあるわけで、
でっかいショッピングモールができてたりすることはあっても、街に変化はあんましないのです。

と、たしかに記憶にある街なのに、ぜんぜん知らない街にも見える・・・
まったく幽霊にでもなったかのようだ。
街行く人々も建物も道路も線路も街全体がニセモノに見えたり。
話し掛けても声が届かなそうだったり。人々から自分は見えてないんじゃないかと思えたり。
そんなとき現在の朋友からの携帯への電話が現世に呼び戻してくれる声のようで心底安堵したり。

ここにさほどの思い入れがなかったということです。もう二度と行かない。



まーまーことことさように
小さい時の記憶と、現在との違和感なんてことは誰しも経験あることですよね。
それだけのことでした。おしまい。


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